GIPは悪者か インクレチンと筋肉
- KAZ KOBAYASHI
- 11月10日
- 読了時間: 9分
光が筋肉を呼び覚ます
あなたが飲み込んだ一口の食事は、胃を通り、小腸へ流れ、やがて血糖を上げる――そこまでは誰もが知る「教科書の物語」です。
しかし、腸の壁にひそむK細胞・L細胞たちが、静かにホルモンという「光の信号弾」を打ち上げていることは、あまり知られていません。
食後血糖を下げる「GLP-1」
そして、評価の揺れ動くもう一人――GIP
GLP-1受容体作動薬によるウェイトロス注射は、肥満治療・糖尿病治療の切り札として脚光を浴び、一部の観察研究では膵炎や消化管イベントのリスク増加が議論されています。ガーディアン+3ジャーナルオブアメリカンメディカルアソシエーション+3American College of Gastroenterology+3
では、その陰で「GIP」は本当に悪者として切り捨ててよいのか。それとも、まだ解き明かされていない「第二の顔」を持つのか。
私はDr.アマテラス。今日は 「GIPは悪者か?」 という問いに、筋肉・脂肪・サルコペニア・IMAT(骨格筋内脂肪)の視点から光を当てていきます。
「ホルモンを疑う前に、物語を最後まで読め。」

科学的根拠・最新エビデンス
① GIPとGLP-1:二人組インクレチンの基本
まずは整理から。
GIP(Glucose-dependent insulinotropic polypeptide)
上部小腸(十二指腸〜空腸)のK細胞から分泌されるインクレチン
食事、とくに糖質や脂質を摂ると分泌
膵β細胞からのインスリン分泌を促進しつつ、状況によってはα細胞からのグルカゴン分泌も刺激サイエンスダイレクト+3NCBI+3Wiley Online Library+3
脂肪細胞や中枢神経、骨など多くの組織に受容体を持つ多面体ホルモン
もともと「胃酸分泌を抑えるホルモン」としてGastric Inhibitory Polypeptideと名づけられましたが、その後インスリン分泌作用が明らかになり、今では Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptide として再定義されています。ウィキペディア
GLP-1(Glucagon-like peptide-1)
下部小腸〜大腸のL細胞から分泌されるインクレチン
インスリン分泌促進+グルカゴン抑制+胃排出抑制
中枢への作用で食欲抑制
2型糖尿病治療薬・肥満治療薬として世界的に普及中
近年の観察研究では、GLP-1受容体作動薬は
体重減少・血糖改善
一部データでは肥満関連がんリスク低減の可能性ガーディアンといった光の側面を持つ一方で、膵炎や胆道系障害など消化器イベントリスクに関しては、研究間で結果が揺れており、慎重なモニタリングが必要とされています。ガーディアン+3ジャーナルオブアメリカンメディカルアソシエーション+3American College of Gastroenterology+3
ここでのポイントは、「GLP-1が完全無欠のヒーローではない」のと同じように、GIPも単純な悪役ではないということです。
② GIPは太らせるのか、痩せさせるのか
昔から知られていたのは、GIP受容体が脂肪組織に豊富で、脂肪蓄積を促すという顔です。
高脂肪食を与えたマウスでは肥満が進行
しかし、GIP受容体ノックアウトマウスでは肥満やインスリン抵抗性が起こりにくい
といった結果が報告され、「GIP=肥満ホルモン」「GIPを止めれば痩せる」という見方が広まりました。PMC+1
ところが近年、まったく逆方向のデータも出てきます。
GIP受容体作動薬 GIPFA-085 の研究
食事誘発性肥満(DIO)マウスにGIP受容体作動薬 GIPFA-085 を投与
単回投与で
食欲低下
脂肪利用の増加
血糖低下
連日投与で
12日間にわたり体重増加を抑制
血糖値の低下継続
血中レプチン増加と視床下部POMCニューロン活性化が確認されたPubMed+2岐阜大学+2
つまり、
「GIPをブロックすると太りにくい」という過去のデータと、「GIP受容体を刺激してもレプチン経由で痩せる」という最近のデータが同時に存在しているのです。
これは矛盾ではなく、部位・状況・時間軸によってGIPシグナルの“顔”が変わると見る方が自然でしょう。
③ GIPとIMAT(骨格筋内脂肪)・サルコペニア
ボディメイク的に見逃せないのが、GIPと骨格筋内脂肪(IMAT)・サルコペニアの関係です。
IMATは、筋線維の間や筋群の間に入り込む「異所性脂肪」であり、
インスリン抵抗性
筋力低下
歩行速度低下
といったサルコペニア関連の機能低下と強く結びついていることがレビューで示されています。サイエンスダイレクト
このIMATの源泉の一つが、FAPs(Fibro/adipogenic progenitors)。骨格筋内に潜む間葉系前駆細胞で、
脂肪細胞へ分化 → IMATとして蓄積
ある条件下では筋再生や神経筋接合部の維持にも関与
という二面性を持ちます。air.repo.nii.ac.jp+1
最近のマウス研究では:
FAPsにはGIP受容体が発現
GIPを投与すると、FAPsから脂肪細胞への分化効率が上昇
前脛骨筋にグリセロールを注入してIMATを誘導すると、野生型ではIMATがしっかり形成される一方、GIP受容体欠損マウスではIMAT蓄積が抑制され、筋断面積が大きく保たれた
ことが報告されています。air.repo.nii.ac.jp+1
さらに、
FAPsは神経筋接合部(NMJ)やシュワン細胞付近に局在し、
FAPsがうまく働かないマウスでは、NMJ変性や筋力低下が起こる
遺伝子発現解析から、Bmp3bという因子がFAPsの“若さ”維持に重要で、老齢や脂肪分化ではBmp3b発現が低下する
というデータも出ています。air.repo.nii.ac.jp
まとめると:「GIPシグナルが強すぎると、FAPsが脂肪側へ傾き、IMAT蓄積+サルコペニアに寄与しうる」というシナリオが見えてきます(現時点では主にマウスデータ)。
④ PromethazineとFAPs:筋内脂肪化を抑える薬はあるのか
入力素材にもあった、印象的なエピソード。
「筋肉は脂肪にならないぞ」「なるぞ。PDGFRα陽性。ある抗ヒスタミン薬はそれを抑制。」
ここで出てくるPDGFRα陽性間葉系前駆細胞が、まさにFAPsの一群です。
2017年の研究では、人のPDGFRα陽性前駆細胞を用いた「薬剤リポジショニング」のスクリーニングから、プロメタジン塩酸塩(PH) がヒットしました。ResearchGate+3ajp.amjpathol.org+3サイエンスダイレクト+3
PHは濃度依存的に脂肪分化をほぼ完全に抑制
cAMP応答配列結合タンパク(CREB)リン酸化を抑え、脂肪分化関連遺伝子の発現を低下
腱断裂による筋内脂肪化モデルマウスに投与すると、IMATの形成が有意に抑制
という結果が示されています。PubMed+1
ただし、ここでのポイントはあくまで
「FAPsの脂肪分化を標的とする創薬のヒントが見つかった」
というレベルであり、市販の抗ヒスタミン薬をサルコペニア予防のために自己判断で飲むべきという話ではありません。
これは、**医療としての検証がこれから必要な“研究シーズ”**の段階です。ここを履き違えないことが、ボディメイクと健康寿命の両立には欠かせません。
Dr.アマテラスの考察:筋肉と光の哲学
ここまでの物語を、少し抽象度を上げて見てみましょう。
GLP-1は、血糖と食欲の「光」を操る
GIPは、脂肪・骨・筋肉・脳にまたがる「影のインクレチン」
FAPsは、筋肉の中で「筋肉として生きるか、脂肪として生きるか」を選ぶ分岐路
そして、GIPシグナルはその分岐路にそっと手を添える 「囁き」 のような存在です。
「オイ…今はエネルギー過多だ。脂肪として蓄えておけ。」「いや、いまは動く時だ。神経と手を取り合って、筋として前線に立て。」
どちらが正しい、ではなく、状況に応じて“どちらの物語が採用されるか” が問題なのです。
GLP-1ダイエットが全盛の今、「GIPは肥満ホルモンだから切り捨てればいい」という二元論は、あまりに粗い。
GIP受容体作動薬がレプチンと協調して食欲を下げる顔もあればPubMed+2岐阜大学+2
「光と闇は、同じ太陽の裏表。」
インクレチンという太陽のもとで、私たちの筋肉は、
どれだけ動くか
どのくらい食べるか
どんな身体構成を求めるか
という**“生き様の選択”**を、毎日刻み続けています。
だからこそ、私があなたに伝えたいのは――
「GIPを怖がるな。ただ、任せっぱなしにするな。」
というスタンスです。
実践編:今日からできる具体的アクション
ここからは、「GIPは悪者か?」論争を日々のボディメイクにどう活かすか という視点で整理します。
※以下はあくまで一般的な生活・トレーニングの指針であり、 GLP-1/GIP関連薬の使用・中止・変更は必ず主治医と相談してください。
① GLP-1ダイエット時代でも「筋肉を守る」トレーニング
週2〜3回の全身レジスタンストレーニング
スクワット系、ヒップヒンジ系、プレス系、ローイング系、プル系を網羅
中強度(10〜15回ギリギリの重量)のコントロール重視
ネガティブ(エキセントリック)を意識
上げ1〜2秒、下ろし3〜4秒
IMATや腱の劣化を防ぎつつ筋力を維持・向上させる狙い
下肢優先
サルコペニア・IMATがまず現れやすいのは太もも・お尻周り
レッグプレス、スプリットスクワット、ルーマニアンDLなどを重点的に
どんなダイエット薬を使おうと、「筋肉へのメッセージ」は筋トレが本丸です。
② GIPを“暴走させない”食事の考え方
GIPは特に「脂質+糖質」が豊富な食事で強く分泌されます。OUP Academic+1
高脂肪+高糖質ジャンクの常習化を避ける
例:揚げ物+白パン+甘い飲料のセットを「毎日」は避ける
食事の基本軸を
高たんぱく(体重×1.6〜2.0g/日)
「脂質か糖質、どちらかをやや控えめ」にした構成へ
食物繊維・野菜・発酵食品で
腸内環境を整え、インクレチン反応の質を高める狙い
GIPは本来、「エネルギーが入ってきたから、ちゃんと処理せよ」という合理的な合図です。そのシグナルを過剰な環境にさらさない食事が、長期的には一番の“GIPコントロール”になります。
③ サルコペニア・IMATを意識したライフスタイル
歩行とスピード
週150分以上の早歩き〜ジョギング
「歩けるけれど心拍が上がる」程度を目安に
座りっぱなし時間を削る
30〜60分ごとに立ち上がり、カーフレイズや軽いスクワットを数回
体重だけでなく“筋肉と脂肪の質”をチェック
可能ならInBodyなどで骨格筋量や内臓脂肪レベルを定期観察
「体重が落ちても筋肉・握力・歩行速度が落ちていないか」を必ずセットで見る
④ 医療との向き合い方(超重要)
GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1デュアル作動薬は、**医師の管理下で使うべき“強力な医療ツール”**です。サイエンスダイレクト+1
ネット情報だけで始める・やめる・増減するのはNG。
筋肉量低下や極端な食欲不振、強い倦怠感などが出た場合は、「体重が落ちているから良い」ではなく、必ず医療者に相談を。
結論:GYM CONQUERと歩む覚醒の道
最後に、今日の物語を一本の光として束ねましょう。
GIPは、インスリンとグルカゴン、脂肪蓄積・食欲・骨・脳…全身にまたがる多面体のインクレチンである。OUP Academic+2J-STAGE+2
高脂肪食+GIPシグナルは肥満や脂肪蓄積に向かいやすく、一方でGIP受容体作動薬はレプチン経由で食欲を下げるという「痩せる顔」も持ちうる。PubMed+2岐阜大学+2
GIP受容体シグナルはFAPsを脂肪側へ傾け、IMAT蓄積やサルコペニアに関与する可能性が報告されている。air.repo.nii.ac.jp+2ResearchGate+2
プロメタジン塩酸塩など、FAPsの脂肪分化を抑える化合物は研究レベルでは希望を見せつつあるが、まだ日常的なサルコペニア治療に使える段階ではない。PubMed+2ResearchGate+2
では、今この瞬間に私たちができることは何か。
それは――インクレチンに人生を預けるのではなく、インクレチンが働きやすい“身体のステージ”を自分で整えること。
筋トレで筋肉に「私はまだ戦える」と伝える
食事でGIP・GLP-1に「正しく働ける環境」を与える
睡眠とストレスケアで、ホルモン全体のハーモニーを守る
GYM CONQUER は、そのステージづくりをともに考え、「痩せただけで終わらない、強く・しなやかで・長く戦える身体」への航路をデザインするブランドです。
GIPは悪者ではない。光と影を併せ持つ“もう一人の主役”だ。ならば我々は――筋肉という舞台の演出家として、生き方を選べばいい。
― Dr.アマテラス





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